流れるままに戯言日記

流れるままに日々の思いを綴ります。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大震災の悲劇に思う

 3月11日に発生したマグニチュード9.0の「東北地方太平洋沖地震」という巨大地震による「東日本大震災」の昨日時点の被害状況は、死者1万1800人、行方不明者1万5540人、家屋全壊4万5763戸となっている。余りの被害の大きさに言葉を失う。犠牲者のご冥福をお祈りするとともに、被災者には心よりお見舞いを申し上げたい。

 福島原発の事故もいつ終息するのかが全くわからない状況で、当初は第二のチェルノブイリにはならないなどと呑気なことを言っていたところ、当のチェルノブイリよりも当座の事態収拾に時間がかかってしまった。避難先している人、自宅待機中の人の不自由も限界に近いことと思う。

 今回の激烈な震災を天罰と表現した人がいる。でもそれは違うと思う。あくまでも地震は自然現象のひとつであり、これに対して非科学的な意味を探すのは避けたい。宗教団体が教団拡大のキャッチコピーとして使うのは避けられないが(個人的にはそれも胡散臭くて嫌いだが)、少なくとも政治家が天罰を口にするのは厳に慎むべきと思う。

 地震のあとに起こっている様々な事、原発事故はもちろんとして、その後の燃料や生活に必要な物資輸送の遅れなどのような政府の対応の遅さ、不手際などは人災と言えようし、これに限って言えば国民自らが招いた悲劇の一つであることは否定出来ない。

 先の衆議院選挙ではマスコミの派手な政権交代ショーの演出もあって、熱狂的に民主党への投票が集まった。ド素人の何とかガールズなんかも大量当選した。その影で本当に力量のある政治家が落選の憂き目にあった。

 皆が知っていることだが敢えて言う。民主党はかつて護憲を掲げていた反日左翼集団の社会党員の巣窟。この者たちの国防に対する意識はお花畑の幼稚園児に等しい。国家のあらゆる非常事態を想定することさえできない、しようともしない。思考停止を絵に書いたような連中で、そのような者に国家の運営という最高度の危機管理が出来るはずがないのは明らかなのだが、甚だ残念なことに国民はそのような連中に政権を渡してしまった。

 震災後の人災とも言える出来事は、天罰という言い方は当てはまらない。被災者や不自由な生活を強いられている人への、すべての国民によって下された不公平な厳しい仕打ちである・・・と真摯に受け止めなければならない。国民は選挙権という「権力」を与えられている。使い方を誤れば今回のような悲劇を生む。自分としては行使する一票の重みを熟知し、「気違いに刃物」にならぬよう熟慮したい。

  
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://matukasa.blog32.fc2.com/tb.php/430-d30f86f8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。